頭高山遺跡(ずこうさんいせき)は、弥生時代中期後半の高地性集落と、室町時代の山岳寺院跡から構成される複合遺跡であり、現在の学園西町4丁目あたりに広がっています。
この遺跡は、伊川左岸に位置する標高117メートルの丘陵尾根上に立地しており、神戸研究学園都市の建設に伴う造成工事の影響を受ける約7,000平方メートルの範囲で、1982年から翌年にかけて発掘調査が実施されました。
調査の結果、弥生時代の竪穴建物16棟、段状遺構6か所、土器棺墓2基、土坑16基などが確認されました。出土遺物には、弥生時代中期後半を中心とする弥生土器や鉄器のほか、サヌカイト製の石鏃、磨製石剣などの石器も含まれています。
これらの遺構から、当遺跡は大規模な高地性集落であったと推定されます。なお、弥生時代中期の高地性集落は、瀬戸内海沿岸地域を中心に多数分布していることが知られています。
一方、室町時代(16世紀)の遺構としては、丘陵の頂部や斜面を造成して築かれた山岳寺院跡が確認されました。基壇や礎石を備えた伽藍跡や参道が検出され、屋根瓦も出土しています。また、備前焼の大甕を埋設し、その上に五輪塔を建てた墓が4基見つかっており、これらの遺構は、現在山麓の神戸市西区伊川谷町小寺330に所在する頭高山太谷寺(ずこうざんたいこくじ)の中世期における伽藍跡と考えられています。
【案内板】学園西町西公園(公園めぐり地図の③)に設置されています。
頭高山遺跡(ずこうさんいせき)
(時期:弥生時代・室町時代)
この場所はかつては小高い丘で、発掘調査により弥生時代と室町時代の遺跡があることがわかりました。
弥生時代中頃の40棟を超える建物跡などが見つかっており、大規模なムラがあったことがわかっています。また、室町時代には、山頂から南西方向へ開く尾根を利用して寺院が築かれました。古い記録などから、現在伊川谷町小寺にある「太谷寺(たいこくじ)」が過去にこの場所に建っていたと考えられています。
発見された出土品は、神戸市埋蔵文化センターで見ることができます。
(学園西町4丁目の開発前の地図に遺跡の場所を重ねています。)
2026年6月10日 更新
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